大和国鹿島香取本宮

奈良市中町



二の鳥居


交通案内
学園前から22番バス 藤の木台一丁目下車西南800m mapion

祭神
鹿島神、香取神


由緒
 元々、郡山城の鎮守として祀られていたが、明治になって、当地の人斬山頂上に遷されたようだ。 祀られていなかった小祠があり、さわりに行くと祟りがあったようだが、社家の祖先が祀って来たと言う。 宅地開発の波に飲まれてその小祠も住宅地の中になってしまい、戦後人斬山の南側に新たに社殿を建設し、遷しかえたと言う。

 大和郡山城は、大和唯一の城として筒井順慶に築かせたと言う。 その後豊臣秀長によって紀伊・和泉・大和の百万石の城として整備拡張された。江戸時代に甲斐より柳澤家が入り幕末まで。 現在は天守閣跡に柳澤神社が鎮座。柳澤文庫でも有名。
 鹿島香取の神は武神として城の鎮守として勧請されたのであろう。元々郡山衆は郡山八幡の氏子で、初期の郡山城もこの八幡神社が鎮守であったが、大和以外、おそらくは東国からの城主が鹿島香取の神々を鎮守とて迎えたのであろう。



拝殿風景



お姿
  鬱蒼とした人斬山の南端に東を向いて鎮座、二の鳥居の手前に馬場と厩舎があり、白馬が二頭飼われている。 七五三では子供達が乗馬出来るように台が置かれている。写真は馬の手入れをされている神職さんんおご夫婦。
 氏子と言う存在はなく、参拝者のみで成り立っている単立神社である。

白馬



お祭り
例祭

大和の神々
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