腰神神社
富田林市嬉400 panoramio

鳥居

交通案内
河内長野駅 近鉄線の東側 北北東へ700m


祭神
箕島宿禰、八大竜王、猿田彦命

由緒
 かってこの神社の前を通りがかり参詣されたS_TANさんは拝殿に由緒を書いた紙が置かれていたので、氏のHPに当神社を載せておられる。由緒については、それを多いに参考にさせて頂き、さらにタイシさんに教えて頂いた。 というのは、『河内名所図会』、『大阪府神社史資料』などに全く記載がない神社だから。

 創始は大化改新の頃(645)と伝わる。紀伊国の豪族、箕島宿禰は文武の師範として、紀伊見峠を越え宇礼志村に移り住む。宿禰の側室タマモ姫は大和国桜井の豪族の娘、宿禰は河州にて文武を広めた後、宇礼志村腰神神社にお祭された。
 元仁の頃(1224)、楠木正成、金胎山に楠公十七支城の一つを築く。感心寺に居た正成が後醍醐の幕府討伐の途中、馬の腰が立たなくなり、神社の藤の木につないでおいた所、腰が直ったそうである。
 水墨画の巨匠雪舟(1486)の”道ばたにうつ蒼たるや藤の森”の句がここで詠まれた。
(由緒書:昭和63年12月、上野亀雄、中川正博氏記)に手を加えた。文責:神奈備。

拝殿と藤

本殿と金胎山よりつながる山々の岩の突出

お姿
 境内には八大竜王などと刻んだ大石がいくつも祭られている。 力石や丸石も見える。力石をへたに持てば腰痛になる。すぐ直るかどうか・・・。
 本殿背後の岩の突出は恐らく本殿内部にまで出ているような建て方の見えるが、不明。

大石の神々



お祭り 


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