八阪神社
大阪市東成区中道4-8-20 mapfan

鳥居
 

交通
JR玉造駅 北東500m



祭神
素盞嗚尊(厄除け、交通、外交の神)、菊理姫命(縁結びの神)
摂社 玉造戎神社「恵美須大神」地主神、稲荷神社「松本稲荷大明神」



拝殿

由緒
 創建の年月は詳ではないが、寛仁元年(1017)藤原道長がこの地に別邸を建て、牛頭天王白山権現を鎮守として奉祀したのが始めとととされている
 仁安元年(1166)社殿再興、天正十二年(1584)現在値に遷座した。

平成祭CD 神社本庁 八阪神社
由緒


当神社の創建年代は、古く、東成郡中道字法性寺なる処に、寛仁元年(西暦一〇一七年)、法性寺入道関白藤原道長が此の地に別邸を建て、午頭天王白山權現を鎮守の神として奉祀したのが始めと云われています。 仁安元年(西暦一一六六年)、里人の尊崇深く社殿を再興し、天正十二年(西暦一五八四年)に現在の地に遷座し奉り、午頭天王白山權現社と称しました。
 其の後時代が降り明治五年、村社になり「八阪神社」と改め、本殿を東向きにし、此の土地の産土神社とし、明治四十二年境内より暗越奈良街道参詣道を開拓し、街道筋に大鳥居を建てました。 当時境内に年経た椋の木、榎等の樹木が繁茂しておりました。大正六年、玉垣を新設すると共に暗越奈良街道にあった大鳥居を移し、其の後に社名標石を建てました。
 年を経て大鳥居の上が壊れ危険を感じるようになったので上部を下ろし、東門の近くに昭和五十一年十月、大鳥居を新設しました。
 現社殿は大正十一年起工、大正十三年六月竣工したものです。雨漏りがはげしく昭和四十四年、屋根葺替え工事を行いました。社務所は明治に建てられたもので大正十三年に現在地に移され損傷甚だしく、氏子各位の総意により昭和五十九年八月より手水舎及社務所改築工事にかゝり手水舎・神馬舎の新築、社務所・戎社・稲荷社と改築されました。

  以上


本殿

石橋の石
 此の石は暗越奈良街道の起点玉造二軒茶屋の石橋として言伝によると大阪城より持参宝永八年に猫間川に架けられ古くは飛鳥の都へ通ずる街道の入口として又お伊勢参りの見送人が此の地に於て無事を祈って別れた由緒深い石橋で大正十三年撤去に際し石材六枚を当社に寄贈せられ狛犬燈篭の敷石として用う。三百余年の歴史と共に歩敷石として歩んできた此の石を回顧し永遠の労を後世に伝えんが為其の一枚を茲に記念の碑として建立す。



お姿
 社殿は大正十三年竣工したものを、昭和四十四年屋根葺き替え弘治をおこなっている。
 南向きに鎮座、南川の町中に鳥居の上部がないものが立っている。
 歴史の長い神社らしく、木々は大きい。本殿横の銀杏は良く茂っている。新緑の季節である。
 若い神職さんが気持ちのいい応対をしてくれました。


稲荷社        戎社


お祭り
 7月 第二土曜日 夏季大祭   10月 16日 2日間 例大祭

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