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春日井市上田楽町3,454 ゼンリン
社殿も荘厳で地元の信心が篤い。
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名古屋市中区栄1−31−25 ゼンリン
鳥居
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交通案内
ほかに『三河国名勝志』には、源頼家将軍の頃に、疫病封じのために、能見村累代の旧家の加藤新蔵、近藤九兵衛らが神宮を勧請したと云う伝説を残している。
松王寺の後方の北東、伊賀川の南岸に近い低い台地に鎮座。 また近くの善光寺には「ぼけふうじ善光寺」の看板があった。 境内では近所の子供達が夢中で遊んでいた。ほのぼのとした空気がただよう。境内左右には山車の格納庫が立ち並ぶ。岡崎では有名な祭礼であった。
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交通案内 怒猛神を五十猛命と見なしたのは、五十猛命は勇猛神などと呼ばれる場合があり、可能性があろうとした。
怒猛神をして植樹神の五十猛命と見なしたのは、塩釜神社とは海水を煮詰めて塩を採取するに燃料の木々を大量に消費し、植樹し、すこやかな木々の生育を願ったからなどと想像している。
大山町は旧の草間村であり洪積世台地の地である。豊橋駅からのばすで大山に向かったが、途中に高師口と云う停留所があった。
高師山という山もあり、高師小僧が採れたようである。高師小僧とは褐鉄鉱質団塊で含水酸化鉄が樹根や蘆の根元の沈殿する、あまり良質でない鉄資源である。
高師の地名は大阪にもある。また高足、高蘆などとも記す。
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愛知県稲沢市矢合町城跡2,491 ゼンリン 鳥居
交通 国府宮駅から矢合観音行きバス終点すぐ
社域
矢合(やわせ)観音に道を隔てて鎮座。観音との関連は未調査。 矢合観音は「十一面観音像」で、病気や怪我を治すと云うご利益と、井戸水で、近隣の信仰を集めている。 祠と石段
小さい林の中の土が盛られた上に鎮座している。 東向き。 お祭り
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愛知県津島市神明町1 mapion
大屋津姫社「大屋津比売神」 瀧之社「弥豆麻岐神」 熊野社「伊弉冉尊」
当社とか京都の八坂神社は所謂式内社に列せられていない。石清水八幡宮もそうだが、仏教の匂いがつよい社、僧侶が取り仕切っている社、生ものを祭壇にささげない社は神社とは見なされず、 寺院とされたのであろう。 ただ、摂社の弥五郎社を海部郡の式内社の国玉神社の論社とする意見がある。 居森社は最初に祭神が対馬より来臨のおりの鎮座地との伝承がある。『日本書紀』に「素盞嗚尊は、その子五十猛神をひきいて、新羅の国に降られて、曽尸茂梨(ソシモリ)の所に居いでになった。」とあるので居森社と言うとあるが、多分にこじつけ。
摂社の大屋津姫社がある。祭神は大屋津比売神である。『日本書紀』では、素盞嗚尊の御子で、抓津姫命とともに五十猛命(大屋彦神)の妹(妃か)とされる。大屋津比売神が祀られているのであるが、五十猛命、抓津姫命が祀られていないのは解せないのであるが、社務所で問い合わせても、摂社についての伝承や文書は残っていないようだし、現状の並び方が往古のままではなく、集合整理されているようだ。瀧之社「弥豆麻岐神」、大屋津姫社「大屋津比売神」、荒御魂社「須佐之男命荒御魂」と並んでおり、伊太祁曽のタキ、もしくは素盞嗚尊荒魂が五十猛命かもなどと思ってしまうがこれも妄想。 お姿
お祭り 7月 第4土曜日 津島天王祭 宵祭 参考 『日本の神々』『平成データ』、『神社の栞』 |