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秋田県山本郡三種町鵜川字宮比台26 ゼンリン 交通案内 ![]()
平安時代初期に行われた坂上田村麻呂の蝦夷征討の折に、田村麻呂は武神として日本武尊や五十猛命を祀り、戦勝を祈願している。
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秋田市保戸野金砂町36 ゼンリン
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秋田市下新城岩城字下向172 ゼンリン
本殿と拝殿(西から) ![]()
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秋田県仙北市角館町岩瀬149 ゼンリン ![]()
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宮城県加美郡色麻町四釜字町3 mapion 鳥居と古墳 ![]()
神木 拝殿 ![]()
福島県いわき市平中山字宮下81 mapion ![]()
![]() 写真御提供 再建にあたった(有)福住 加藤彰氏 祭神については五十猛命で揺れがない訳ではないが、とりあえず元社探しの問題であるが、勧請の年代が不明と云う所は残るが、東国まつろわぬ蝦夷の地であり、五十猛命が勧請されたのは軍船の守護神か軍の先頭に立つ武神としてであろうゆえ、伊太祁曽神社からの勧請でいいのだろう。
![]() 写真御提供 (有)福住 加藤彰氏 ついでであるが、日前神では海から漂着して祀られている事例が加古川市の泊神社等に見られるようで、当佐麻久嶺神社の神が中屋磯に赴き、潮垢離をとる「潮后降り」の祭礼から見ると、海からの漂着神であろうゆえ、日前神であっても矛盾はない。
![]() 写真御提供 (有)福住 加藤彰氏 お姿
磐城平藩主内藤氏は式内社の隠滅を嘆き、調査させて当社を磐城郡七座のうちの佐麻久嶺神社と定めた。 ![]() お祭り 5月 4日、5日 例大祭 参考 『式内社調査報告』、 福島県双葉郡浪江町大字請戸字東迎38 mapion ![]()
五十猛三兄妹神は明治末期に合祀されたようである。さて、その神社名は今のところ判らない。
土地の人々は、安波様、大杉様と呼んでいるようだ。これは享保年間の江戸での流行神の大杉明神のことで、茨城県稲敷郡桜川村に鎮座する名社の神で、これが東京都葛飾区の香取神社に突如として飛来、爆発的に信仰を集めたと云う。
![]() 『東奥標葉記』によると幾つかの創建譚が語られている。 新羅国請戸小島に出現した神 『奥相志』には「請戸の神は天竺、また曰わく震旦国王の后で、夫婦間に溝があり、后を空舟に乗せ海に流した。漂流後請戸沖に流れ着いた。この女神が貴船明神と仰ぐべしとの神託を発した。 『浮渡大明神縁起』岩楠船一隻が岸に着いた。船の中に神女九柱がいた。神女は「我々は東国に留まる。信心のある者が祀れば、国家安全、武運長久、万民子孫繁栄、横死遭難を除く云々」と託宣を行ったので、養老元年(717)に請戸の小島に祀った。その後島が沈没、現在地に遷座したのが当社と云う。浮渡大明神であり、これが請戸と通音である。 海岸の神社ゆえの「漂着信仰」の流れの伝説のようである。 ![]() お姿
浪江町は至る所に鎮守の森のように見える森が点在している。よき日本の姿が残っている。 請戸川の上流は阿武隈高地であり、河口の湊には南部鉄が運ばれてきて、これを木炭の多い阿武隈山地に持っていった拠点とされた湊。 ![]() お祭り 8月 6日、7日 例祭(大漁祈願祭) 参考 『式内社調査報告』、『双葉町のくさ野神社』 五十猛命ホームページ 神奈備にようこそ |