那須加美乃金子神社 
対馬市上対馬町小鹿字大浜520番地 google

鳥居



交通案内
対馬空港からタクシー



祭神
大屋彦神、大己貴命   『平成祭礼CD』
金子神社 五十猛命   那祖師神社 素盞嗚尊   『大小神社帳』
金子神社 大己貴命   那祖師神社 非日本之神 新羅之人呼   『神社大帳』
金子神社 大屋彦神   那祖師神社 大己貴命   『明細帳』


由緒
 金子神と那祖師神を合わせ祀る。金子神は神山深く祀られ、那祖師神は麓に鎮座し、神山を祭る遙拝所でもあった。那須加美乃金子神社とは那祖師の御子神の意とされる。
 『神社明細帳』には、「素盞男尊五十猛命を率い八十木種を持って韓地曾尺茂利の所に行き、其の種を植えさせ玉ひ、帰朝の時比山に八十木種を植え玉ふより繁茂し、人の入ることを深く禁ずる處にして、実に神霊の地なり。貞観十二年(870)三月被授従五位上。是則「延喜式神名帳」に載する那須加美乃金子神社也。明治七年村社に列せらる。観請不詳。」となっている。(神奈備注)曾尺茂利は曽尸茂梨。観請は勧請。
 志多賀の金子神は小鹿の当社より勧請されていった。
 『対州神社誌』に、「かなご。神体社等無之。由緒不知。神所本山大明神之神山之内有之。祭リ右同日小鹿村より勤之。此の所之落木不取。」とある。

 『三代実録』(貞観十二年(870))に、「奈蘇上金子神に従五位上を授ける。」とある。

拝殿




お姿
 東向きに鎮座、湾内。
 小鹿には古墳がない。しかし舊藩時代には祭祀が志多賀より盛大であったことで有力な式内論社となったようだ。
 巨木があるが、木の名は知らない。
 広大な神山は境外として国有林に編入された。結果として林野庁によって神山は伐採された。頂上の神所は残されていると云う。

 小鹿の地名は神功皇后の伝説に付会して牡鹿をとって饗じたことに由来と云う。(「神島記事」から)
 対馬には志賀・志古と冠した祭祀が多い。海神の祭祀に通じる地名とも考えられる。

本殿



お祭

例祭 6月 14日

参考 『式内社調査報告』、『対馬神社誌』、『長崎県の地名』、『平成祭礼CD』


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