韓神新羅神社(大浦神社)島根県大田市五十猛町大浦2719 mapion 交通案内 祭神 須佐之男命 配祀神 大屋津姫、抓津姫命 由緒 半島から帰国した須佐之男命はここに留まり祀られた。さらに神別れ坂で別れた大屋津姫命、抓津姫命が後にあわせ祀られた。『谷川健一著作集T』の「海を照らす神しき光」の中で、「毎年陰暦十月になると二匹の竜蛇が上がる。階蛇は韓国からやってきた神の使いであると信じられている。」との報告が地元から奉行所にあったと記載されている。 このように、古代から半島とのつながりの深い土地であり、 この神社を訪れた作家の金達寿氏は『日本の中の朝鮮文化 講談社文庫』の中で我が意を得たような表現をしているのが印象的であった。半島は廊下であり、大陸経由の文物の大半はしばらく留まり、通過してきたのは間違いのないところであろう。 しかしそれらは朝鮮文化といえるのだろうか。半島で発展しまた発明されたものがあれば、それは朝鮮文化であるが、伝達の役割だけなら、さらに源流にまでさかのぼって表現する必要があろう。 大田市の西ブロックの協議会の発行になる『ふるさと読本』の中に、「石見風土記」によれば、五十猛神社と韓神新羅神社とは共に延長三年(925)に創建されたとある。社殿が造られた意味であろう。かっては神籬磐境のかたちで祭っていたものと思われる。また、『神なる王/巫女/神話』(高橋統一著)によれば、島根県宗教連盟発行の『宗教法人名簿』によると、当社の創立は享保二十年(1735)と言う。これは大浦神社から韓神新羅神社と改称した時期の意味と思われる。
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