大屋神社
蒲生郡日野町杉228 mapion

鳥居と参道

交通案内
八日市駅よりバス原行き終点下車 佐久良川右岸 竜王山北西



祭神
五十猛神
末社 奥津神社 大屋比
末社 若宮神社 大屋彦命


由緒
 旧村社。式内社。当地が「大石荘佐久良谷社」の供祭料地となった天応元年(781)に右大臣中臣清麿によって勧請された。 杉杣郷の鎮守で、「杉杣郷大宮大梵天」と記される。
 この社の宮座の制度、茅の輪神事、竜王御神木、鳥とのかかわりは、古代の息吹を伝えている。
 鎌倉末期の宝篋印搭一基現存する。



お姿
  杉の集落の南東隅に堂々と鎮座、長い参道である。豊富な木々に囲まれている。


拝殿


本殿



お祭
 例祭日    4月16日 3日間
 茅の輪祭り     7月31日



山の神祭り(吉野祐子『山の神』から)
 一月三日午前八時、日野ゴルフクラブの東に当たる杉の大屋神社へゆく。立派な門松を飾った入口か ら参道を進むと、石段上に拝殿があり、さらに数段上に彫刻の見事な本殿がある。左右に末社が並ぶ 。
 拝殿をとりまいて杉、杣、川原三ケ字の戸主が総出で苞(ツト)と大注連縄を作っている。三地区 合わせて一五〇名位が奉仕する。二把の稲束を四遍返しにして川原の玉石を入れて手さげつきの球形 の竜を作り、フクラソウの青葉をそえる。一ケは山の神に捧げ、一ケは自宅へ持ち帰り柿の木などに さげる。豊穣を願うシンボルにあたる。山の神の苞は約五米の葉を払ったカナ木(地元でコウカンボ ーという)の枝に結んで他区(仙と川原)の人たちは帰宅する。大縄が出来上がると年寄りの一人が 縄を両手で測り−一尋(ヒロ)・三尋…十二尋・十三尋、ワセ・ナカ・オクテ豊年でございますと大 声で呼ばう。
 やがて榊を持つ神主を先頭に、朴の木の双体神(約30cm長)を三宝にのせて運ぶ社守、山の神 餅(楕円の白餅)を運ぶ氏子総代のあと八米ほどの大注連縄をかつぐ人々、朴の木をひく人々の行列 が、参道から外へ出て道を東に二百米ほど進んだ山の神の森へ向かう。道路から二米ほど左へ入った 森の中にある二本の神木の根に大注連縄を二回めぐらし、朴の木は横に置く。村人は路上に横一列に 並び、神主が祝詞をあげ、社守・総代らが参拝する。社守が三宝の餅を持って森の北東のアキの方角 の田の畔(森より30米位)へゆき、神主はひとり神社の鳥居まで帰る。やがて社守が叫び、村人が応 唱する。神主も叫び、村人の唱和が左のようにつづく。
 社守「かかりよった」
 村人「エンヤラヤ」
 神主「ワセ・ナカ・オクテ」
 村人「エンヤラヤ」
 神主「今年の作り物皆よかれ」
 村人「エンヤラヤ」
と三角三方で発声する。かかりよったとは烏が山の神の餅をくわえたことを意味し、他所の烏喰みを 示す。神主の声は森からの神託のように聞こえる。能のシテとワキとハヤシのような応唱がこの山の神神事の終りを迫力ある印象深いものにしていた。



湖国の五十猛命

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