枚岡神社東大阪市出雲井町7-16 mapion 交通 近鉄奈良線枚岡下車すぐ ![]() たたずまい 藤原氏のかっての権勢を思わす奥行きの深い神社である。しかし藤原氏の要人が参詣をした記録はないとのことである。 南側の神社梅林は初春には賑わう。 ![]() お祭り 1月11日 粥占神事 大阪府の無形民族文化財 6月30日 夏越の大祓え 茅の輪をくぐりぬける。午後3時から神事があり、それから茅の輪を四回くぐりぬける。 ぬけてから左、右、左とまわり、最後に中央にぬけて本殿前に行きお参りする。 輪くぐりは、須佐之男命の教えによると説明があった。 10月15日 秋郷祭 前日の宵宮祭から賑わう 12月25日 注連縄掛神事 東大阪市の無形民族文化財である。 平成8年6月30日の輪くぐり ![]() 不比等について 藤原氏の祖先としては大織冠の鎌足が有名である。大化改新は蘇我氏に滅ぼされた物部氏の中臣氏の復讐でもあったとも言う。 また史上最大の政治家とされる藤原不比等も藤原氏の祖先として名をはせている。 春日大社の先の宮司さんは、藤原氏の祖先は天兒屋根命でもなければ鎌足でもない。不比等であると言っておられる。不比等は天智天皇の子であるが、鎌足の子として育てられたとのことである。 従って不比等以後の藤原氏は、その祖先を不比等においている。 鎌足がその長子である定慧を出家させたこと、藤原氏がこの神社にお参りしていないこと、壬申の乱では近江朝にくみしたにもかかわらずそれ以降も皇室の信任があつかったこと、藤原氏が皇室に準ずる扱いを受けた事等が、その事から全て合理的に説明できるのである。 藤原氏の末裔である近衛文麿公が近江神宮造営を担当されたのも、皇室内部での常識として「不比等は天智天皇の御子である。」ことは今日まで伝わっているのである。 なお不比等は記紀の中で自らを高御皇産神に、持統天皇を天照御大神になぞらえているとの有力な説がある。
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