Uga ハレ


1.魏志倭人伝
始め死するや喪を停す十余日、時に当たりて肉を食わず、喪主哭泣し、他人歌舞飲酒に就く。すでに葬れば家を挙げ水中に詣りて澡浴し、もって練沐の如くす。
裴注 性嗜酒  倭人は生まれつき酒が好きである。

葬儀は「ハレ」だが、肉食と歌舞音曲はひかえる。逆に祭りの「ハレ」の場合はこれで盛り上がった。
喪中が終われば水中で禊ぎを行う。すなわち、死者に拘わった場合には「ケガレ」が付着する。
何事もない日常を「ケ」と言う。「ケ」に倦んでくれば「ハレ」を用意する。
祭りなど予定された「ハレ」。葬儀は予定外の「ハレ」。

2.ケガレ
『古事記』伊邪那美命の黄泉国訪問の後。
「吾はいなしこめしこめき穢(キタナ)き国に到りてありけり。故、吾は御身(ミミ)の禊(ミソソギ)せむ」とのりたまひて、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に到りまして、禊(ミソ)ぎ祓へたまひき。

→ ケガレとは、例えば、蛆のたかった腐敗の進んだ死体と接触すること。 根元的な感覚。

ケガレの事例 新谷尚紀『日本人の縁起かつぎと厄払い』から。
身体的レベル 糞尿 血液 体液 垢 爪 毛髪 ケガ 病気
社会的レベル 貧困 暴力 飢餓 犯罪 戦乱
自然的レベル 天変地異 干魃 風水害 病中害 飢饉 不漁 不猟

不潔 危険 強力 感染 これらは死・死のイメージを呼び起こす、生命活動に危険を及ぼすもの。

伊弉冉尊が死に際に出した糞に埴土の神が成った。香具山の埴土は国の物実とされ、これを持つ者は国の支配者になると言う呪物である。糞を出すのは、武埴安彦の兵士のように国盗りができなくなった証として語られている。

ケガレとされる糞から神が成っている。

3.熊野のケガレ
『日本書紀』巻一第五段一書第八。伊弉諾尊は軻遇突智を斬って五つに断った。この時に血がそそいで、石や砂や草木が染まった。これらのものが火を含む由縁である。
三重県熊野市 産田神社 伊弉册尊がこの地で火の神軻遇突智尊をお産みになった

『日本書紀』巻一第五段一書第五。伊弉冊尊が火の神を生むとき、からだを焼かれて亡くなった。
それで、有馬村に葬った。土地の人は此神を祭るには、花の時は花を以て祭り、鼓・笛・旗を以て歌舞してお祭りする。
三重県熊野市 花窟神社 当窟は伊弉冉尊の御葬所である。墓所である。

花の窟

熊野で、子(軻遇突智)は母(伊弉冊尊)を殺し、父(伊弉諾尊)は子を殺す。
軻遇突智の血が飛び散り、熊野の木々や石に染みついた。

松原右樹『熊野の神々の風景』から。
「血のケガレ」を吸収した石や木から血の色を持つ「火」を取り出す。しかもその火はケガレを取り除くく強烈なチカラを蔵していた。ケガレを聖なる強力なチカラに転化させると考えられた。ケガレた者はケガレるほど聖なる光芒を放ち、浄化、祝福のチカラを持つという神の論理が底流にあるる。

熊野は朝廷や伊勢の持つケガレ観(死穢・産穢・血穢)を意に介さなかった。そこには原始的なエネルギー、根原的なチカラが生動する、逞しい異なった価値観が呼吸していると言えよう。

大斎ケ原には熊野本宮大社が鎮座していた。三川の川のぶつかり合う、エネルギーに満ちていた。
さらに、ここは水に囲まれた巨大な井戸で、瞑府に通ずる森であり、様々な山の神や霊・モノの宿る空間である。旋回する水に囲まれ、霊が寄りつく。ここに上流から死体が流れつく。上流の十津川村での水葬遺体が洪水で流れてくる。ここから太平洋に流れ出る。

大斎原

菱形の大斎ケ原は女陰であり、補陀落渡海の船でもある。祭神は船玉神でもあり、熊野海人の崇敬を受けていた。松原右樹引用終わり

熊野ではケガレがエネルギーとなって昇華して、聖地となった。熊野詣では海辺を通れば潮垢離を、川を渡るたびに水垢離を行って旅を続けた。藤原定家が後鳥羽院の熊野御幸にお供をし、ある民家に宿をとったところ、死人が出た禁忌の家と知って慌てて海岸に戻って、水垢離、潮垢離で身を浄めている。風邪をひいたと言う。穢れた身では熊野に入れないのである。

4.ケガレと神
漁民は水死体を見つけると、死体に「連れて帰るが漁をさせるか 漁をさせないと連れていかないと言う。もう一人の漁民が死体に代わって「連れていってくれ 連れていったら漁をさせてやる。」と問答する。死体を、エビス神として祀ったり、家の墓に祀ったりする。死体は異界からのマレビトである。

道ばたでほほえむ道祖神は、夫婦和合のイメージを与えているが、それでは塞の神にはなれない。
塞の神は近寄りたくないケガレたものでなければ、役割は果たせない。兄妹近親婚や父娘近親婚のタブーを犯している姿なのである。

ケガレはハラヘなる儀礼手続きをへて、神に昇華していくようだ。ハレヘ→ハレ ハルカス

『古事記』伊邪那美命の黄泉国訪問の後の禊ぎと三貴子の誕生。
「吾はいなしこめしこめき穢(キタナ)き国に到りてありけり。故、吾は御身(ミミ)の禊(ミソソギ)せむ」とのりたまひて、禊(ミソ)ぎ祓へたまひき。(中略)
ここに左の御目(ミメ)を洗ひたまふ時、成りし神の名は、天照大御神(アマテラスオホミカミ)。次に右の御目(ミメ)を洗ひたまふ時、成りし神の名は、月読命(ツクヨミノミコト)。次に御鼻(ミハナ)を洗ひたまふ時、成りし神の名は、建速須佐之男命(タケハヤスサノヲノミコト)。

初めに神ありきではなく、死穢のケガレが祓い清められる中で、神々が誕生している。

この三貴子が偶々、ハレ・ケ・ケガレに対応しているように見える。
いうまでもなく、ハレは太陽の女神、天照大神。
ケとは、日常、暦通りの生活、コヨミは日読みで月読み。『紀』保食神を殺し、食べ物を得ている。
ケガレ、まさに素盞嗚尊の所行であった。疫病退散の強烈な神である。

5.大祓の祝詞
罪穢、天つ罪・国つ罪など、沢山の罪穢を祓うために、急流にいらっしゃる瀬織津比売と呼ばれる女神が大海原に持ち去って下さるだろう。多くの潮流が渦巻くあたりにいらっしゃる速開津比売という勇ましい女神が、その罪をガブガブと呑み込んでしまわれる。根の国・底の国へ通じる門(気吹主といわれる神が根の国・底の国(黄泉の国)に気吹によってフゥーっと息吹いて地底の国に吹き払ってくださるだろう。今度は根の国・底の国にいらっしゃるパワー溢れる速佐須良比売という女神がことごとく受け取ってくださり、どことも知れない場所へ持ち去って封じてくださるだろう。

瀬織津比売 天照大神の荒魂とされる。皇大神宮の荒祭の宮。大津市の佐久奈度神社。
大阪市 御霊神社。西宮市 広田神社。
速開津比売 月神とする説や、内宮別宮の瀧原宮の神とする説あり。神宮で口を濯いだ水を飲み込み参詣者の唾をとる。その人は神の支配下に置かれるという。
気吹戸主 豊受大神の荒魂とする説あり。京都府熊野郡 意布伎神社。
速佐須良比売  須佐之男命の娘の須勢理毘売と同じ神であるとする説あり。
罪穢を持ち去り、封じてしまう神は女神が大半。何故?

6.黄泉の国で伊弉諾尊を追いかける神。
古事記 黄泉醜女、伊弉冉尊の遺体に取り付いていた八はしらの雷神。
日本書記 冥界の鬼女八人、泉津日狭女、醜女
黄泉の国の神も女神のようだ。何故?

宇賀網史話

神奈備にようこそ

以上