阿波・大宣都比売の神
 

紀伊・淡路・阿波、黄金の三角地帯

ひょうたんばかりが浮くものか 私の心も浮いてくる




 海人の往き来した海域です。紀伊・淡路・阿波の海人族の痕跡を残す地名、神社、古文献等を示します。

紀伊 那賀   海神社 延喜式
紀伊 名草   海部直 続日本紀
紀伊 海部   海部屯 日本書紀
紀伊 海部 可太 海部 日本書紀
紀伊 安諦   大海連  
紀伊 安諦 吉備 海部  
紀伊 牟婁   海神社 延喜式
淡路 津名   野島海人 日本書紀
淡路 三原   御原海人 日本書紀
淡路 三原 幡多 大和大国魂神社 延喜式
淡路 三原 阿万    
阿波 板野 井隈 海部  
阿波 板野 田上 海部  
阿波 美馬   倭大國玉神大國敷神社 延喜式
阿波 名方   海直(大和連)  
阿波 名方   安曇部(安曇宿禰)  
阿波 名方   天石門別豊玉比売神社 延喜式
阿波 名方   和多都美豊玉比売神社 延喜式
阿波 那賀 海部 長邑海人 日本書紀
阿波 那賀   宇奈為神社 延喜式
阿波 那賀   和耶神社 延喜式
阿波 那賀 山代 安曇山背連
山代忌寸大海全子
日本書紀

 
 

伊耶那美の伝播

 淡路島の伊耶那美の命の信仰を伝えたのは海人でしょう。 また、女神を受け入れる風土、これは南方系・海洋民族の流れにのったしなやかさの風土と思われます。

 紀伊牟婁 花窟神社「伊弉冉尊」三重県熊野市有馬町 日本書紀の国生みの條一書(第五)に、「紀伊の国の熊野に葬った。土地の人がこの神をお祭りするには、花の時に花をもってお祭りし、鼓・笛・旗をもって歌舞してお祭りする。」との有名な行があります。 現在も、2月2日と10月2日にお綱かけ神事が行われています。

 紀伊牟婁 熊野三所大神社「夫須美大神」和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜の宮 熊野の「むすび」信仰は、この神を伊弉冉尊と見なしていました。

 阿波美馬 伊射奈美神社「伊射奈美命」徳島県美馬郡穴吹町三島字舞中島 この辺りに安曇氏の一派の粟の凡直氏が吉野川をさかのぼって勢力を扶植しました。

 阿波美馬 天椅立神社「伊邪那岐命、伊邪那美命」徳島県三好郡三好町大字昼間 焼き畑の祭礼の一つに枝をうち払って梢だけを残した高木に供え物をするのがありました。
 
 

伊耶那美の生んだ阿波の神々


古事記の記述

古事記上巻一 島々の生成 淡道の次に伊予の二名の島をうみたまひき。この島は身一つにして面四つあり。(中略)粟の国を、大宣都比売といひ、(中略)。

古事記上巻一 神々の生成 (中略)次に大宣都比売の神を生みたまひ、(中略)。(中略)次に屎に成りませる神の名は、波邇夜須毘古の神。次に邇夜須比売の神。次に尿に成りませる神の名は弥都波能売の神。

古事記上巻三 蚕と穀物の種 また食物を大気都比売の神に乞ひたまひき。ここに大気都比売、鼻口また尻より、種々の味物を取り出でて、種々作り具へて進る時に、速須佐の男の尊、その態を立ち伺ひて、穢汚くして奉るとおもほして、その大宣津比売の神を殺したまひき。

古事記上巻四 大年の神の系譜 かれその大年の神、(中略)また天知る迦流美豆比売に娶ひて生みませる子、(中略)次に羽山戸の神。(中略)。羽山戸の神、大気都比売の神に娶ひて生みませる子、若山咋の神。次に若年の神。次に妹若沙那売の神。次に夏の高津日の神。又の名は夏の売の神。次に秋毘売の神。次に久久年の神。次に久久紀若室葛根の神。
 

大宣都比売の神を祀る阿波の神社
一宮神社「天石門別八倉比賣命、大宜都比女神」徳島県徳島市一の宮町 式内社天石門別八倉比賣神社の論社です。

上一宮大粟神社「大宜都比売神」徳島県名西郡神山町神領 大宜都比売神が伊勢丹生の郷より神馬に乗り八柱の供神を率いて遷られ粟を蒔きこの地に広められたと伝わります。この神のまたの名を八倉比賣神と申し上げます。当社も式内社天石門別八倉比賣神社の論社です。

 三重県多気郡勢和村丹生の地は古来よりの水銀の産地として著名で、古代の水銀蒸留用土釜を持つ丹生大師や丹生神社が鎮座しており、ここの丹生神社の祭神は埴山姫命で、美津波女命が配されています。しかし古い丹生神社の祭神は概して丹生津比売命が多く、丹生神社の祭神も埴山姫命かどうかは考慮しておく必要があります。参照、丹生都比売伝承。 世間には、このような神社の由緒から、埴山姫命=丹生津比売命=大宣都比売命 などとする異名同神説を唱える向きも出てくるでしょうが、似ている機能の神か、とは言えても、同一神とは言えません。
 なお、勢和村丹生の丹生神社の摂社に丹生中神社があり、祭神は譽田別命、五柱男命、三柱女命、蛭子命となっています。

 上一宮大粟神社の社伝によれば、阿波の国魂の神が伊勢の国から遷座してきたとの伝えです。大宜都比売神は名前は仰々しいのですが、根本は「ケ」にあり、「食物」を司る女神に、敬称などを付けた名前です。普通名詞ですが、阿波の国では粟の豊作を守る国魂とされたのでしょう。

 一方、死体化生神話の女神として古事記にも記されているように古い神格の神だと思われます。社伝のように伊勢丹生から来られたとするなら、東から西への人々の移動ですから、縄文時代の氷河期の進行の頃でしょうか。サヌカイトなどの石器原料の移動でも見えるように、太古の人々は思いがけない距離を移動しています。

 伊勢の丹生と阿波吉野川流域を結びつけるもの、これは共に、照葉樹林帯に属し、中央構造線上にあり水銀(丹砂)の産地でかつ地滑り地帯であると言うところが見えます。
 それと、阿波も伊勢も太陽は海から昇ります。紀北では海に沈んでいきます。大宣都比売命を奉ずる人々が紀北にとどまらず、阿波まで移動したのは、ここをよく似ている土地と思ったからではないでしょうか。


波邇夜須比売の神を祀る阿波の主な神社
天石門別八倉比売神社摂社地神社「埴安姫命」徳島市国府町矢野


弥都波能売の神を祀る阿波の主な神社
八大龍王神社「彌津波能賣命」徳島県美馬郡脇町拝原 式内社弥都波能賣神社の論社
八坂神社 徳島県美馬郡美馬町字滝の宮 論社
武大神社 徳島県三好郡井川町井内 論社
 


大気都比売の神の生んだ神々

若山咋の神を祀る阿波の神社
若山神社、松尾神社 共に阿波郡市場町

若年の神を祀る阿波の神社
徳神社 海部郡海部町

若沙那賣の神 狭宮神社 兵庫県氷上郡山南町和田
夏の高津日の神 八柱神社 三重県度会郡南勢町田曽浦
夏の高津日の神、秋毘売の神 松尾大社摂社四大神社「春若年神、夏高津日神、秋比売神、冬年神」京都市西京区嵐山宮町
夏の高津日の神、秋毘売の神 乙子神社「夏廼賣命、秋媛命」岡山県乙子
秋毘賣の神 仰支斯里神社 島根県仁多郡仁多町八代 
久久年の神 廣峯神社に合祀 兵庫県姫路市広峰山
久久年の神 北川神社に合祀 高知県吾川郡吾川村
久久紀若室葛根の神 若宮八幡神社摂社底津筒磐根社 三重県一志郡美杉村川上
久久紀若室葛根の神 葛木神社 京都府福知山市下小田笹ケ市
久久紀若室葛根の神 氷室神社 岡山県阿哲郡神郷町高瀬
久久紀若室葛根の神、秋毘売の神 氷室神社 岡山県阿哲郡神郷町油野
 

 大気都比売の神は阿波の国魂の神です。
 阿波の美馬郡には式内社伊射奈美神社が鎮座、更に、波邇夜須比売の神・弥都波能売の神を祀る式内社があります。弥都波能売の神は、伊射奈美神より美馬郡の古い神格とされています。 美馬、水沼等は古代の水神だろうと折口信夫さんも言われています。この地も女神を受け入れる南方系の人々の生活圏だったのでしょう。
 波邇夜須比売の神・弥都波能売の神はそれぞて、土の神、水の神で、水田稲作の時代の神々でしょう。阿波の国は比較的早期に水耕稲作を取り入れたのでしょう。
 羽山戸の神とは山口の神。若沙那賣の神は早乙女の神。久久年の神は灌漑の神。久久紀若室葛根の神は刈り稲を掛ける縄の神。後は稲が育つべく、夏の日照、秋の刈り入れの神々でしょう。


阿波、粟、大気都比売−谷川健一氏−


 大宣津比売の遺体から生まれた穀物の名と一致する地名が徳島県の周辺にある。
 蚕 児島半島
 小豆 小豆島
 粟 阿波
 麦 徳島県南部の牟岐
 自然のいたずらとは思えない。南方から渡来した古代の海人族は、阿波の国を中心として、大宣津比売の身体を描いてみたのだろうか。すなわち頭は児島半島に、下腹部は徳島県の南部に広がっている。

 

参考書
日本の神々 3 谷川健一氏 白水社
谷川健一著作集2 谷川健一氏 三一書房
徳島県の歴史散歩 山川出版社
邪馬壱国は阿波だった 古代阿波研究会 新人物往来社
 

topへ戻る

神奈備へ戻る